シリコン飛跡測定器 1. 研究目的及び概要   大型ハドロンコライダーLHCの実験装置では、高精度の 飛跡測定器が1次反応点また2次崩壊点の同定、また、飛跡の 分離、運動量の測定を通して、物理の解析に重要な役割を果たす。  反応点・崩壊点の測定は、比較的寿命が長く重いクオーク であるb-クオークの同定に有効であり、b-クオークのCP 非保存測定、b-クオークに崩壊しやすい更に重い粒子(例えば、 トップクオーク)の測定に有効であり、また、1次反応点の同定 は1ビーム交差当たり平均20イベント以上発生する個別反応の 同定に有用である。  運動量の高精度測定は、目標とする物理の重要な信号である「 孤立した電子・μ粒子」の測定に必要不可欠であり、又、軽いu 、dクォークと重いbクォークを高精度で分離するために 粒子密度の高い状態でも運動量が測定できる能力が必要である。 測定精度の要求は、最終的には、存在するならばLHCで生成 できるであろう「重いZ’粒子」を特定するため、Z’からの 崩壊粒子の電荷の同定に必要な運動量測定精度で決定される。  反応点近くの、超電導ソレノイド電磁石内 で、内部飛跡検出器 に要求される能力を一つの測定器で賄うことは不可能であり、 特性・費用を考慮し数種類を組み合わせるのが普通である。提案 されているATLAS測定器では、半導体測定器(シリコンピクセル、 シリコンストリップ)と 電子の認識精度を上げる機能を有する 遷移放射を利用するストロー型ガスチェンバー測定器により構成 される。半導体測定器の内、シリコンストリップ測定器は、測定 エレメントの大きさが80ミクロン(ピッチ)x120ミリ(長 さ)と微小であるが、必要とされる60数平方メートルをカバー する読みだしチャンネルは6x10^6程度であり製造可能な 範囲である。  シリコンストリップ測定器をLHCで使用するには、検証 しなければならない点が多数存在する.  第一は、1ビーム交差当たり平均20イベント以上発生する反応 より発生する荷電及び中性子が起こす放射線損傷である。 シリコンストリップの最内層(ビーム中心より30センチ)では 10年間の通過粒子数が平方センチ当たり2x10^14に達 する。このレベルの通過粒子数に耐え得る シリコンストリップセンサーの開発・検証が第一の課題となる。  第二は、シリコンストリップセンサーを測定器として使用 できる形にする「シリコンストリップモジュール」の設計である 。モジュールは、読みだし回路を効率よく搭載し、大面積を透き 間無く敷き詰める形にすることであるが、ここでの課題は、 放射線損傷により増加する暗電流による発熱の影響を評価し、 熱的に安定な設計をすることである。暗電流と発熱・温度は 正循環の関係にあり、しきい値を越えると熱暴走状態に入 ってしまう。モジュールのもう一つの面はLSI回路を使用し 電気信号を読み出すことである。ここでは、LSI回路の設計・ 製造は目的としないが、共同研究者による開発のLSI回路を 使用し、試験モジュールを稼働させ性能評価をすることを目的 とする。  第三は、多数のシリコンストリップモジュールを組み込んだ マクロな構造体の設計である。この構造体はモジュール取りつけ ・冷却配管・電気配線等のサービスを含み、モジュールの設計と 密接に関係している。ここでは第一、第二のような顕著な課題 はないが、この構造体なくしてはシリコンストリップ測定器は形 をなさない。  シリコン測定器を完成させるにはその他多くの重要な構成要素 が必要となるが、これらは共同研究者の開発に期待する。 2. 研究成果  2.1 耐放射線シリコンストリップセンサーの開発  放射線損傷を受けると、検出器のAC読み出し部分の絶縁体中に 正電荷が蓄積する。この正電荷はストリップ端に強電場を作り、 ブレイクダウン現象を発生させる要因の一つであることが、p側読 み出しシリコンストリップ検出器では分っていた。同様の現象を 放射線損傷を受けたn側読み出しシリコンストリップ検出器で調 べた結果、絶縁体中に正電荷はn側では電場を弱 めるようにはたらくことが分かり、ブレイクダウン現象がp側に比 べて起りにくいことが分った。  シリコンストリップ検出器における、ポリシリコンバイアス 抵抗部分とストリップ間抵抗の陽子線損傷を調べた。照射量は 1.2x10^14である。ポリシリコンバイアス抵抗は陽子線を受 けてもその抵抗値がほとんど変化しなかった。またストリップの 電気的独立性が陽子線損傷後も保たれていることが分った。  シリコンストリップ検出器はストリップの端や角で強電場が 発生し、特に放射線損傷後その傾向は強くなる。強電場の発生は バルク内のチャージのなだれ増幅を誘発しノイズ増加を引き起 こす。強電場を防ぐためストリップに耐電性に優れた ポリシリコンを取付た新しいデザインが考え出された。新しい デザインの検出器と従来型の検出器にγ線を照射してその 放射線耐性を調べた。  nシリコン基材にn読み出しストリップ構造の シリコンストリップ測定器では、nストリップ間絶縁のためp ストップ構造を入れる.このpストップのエッジが強電場を作 ることが判明し、この電場を弱めるポリシリコンを取りつけた新 しいpストップ構造を提案し、放射線損傷性能を評価、議論した。  2.2 超高感度赤外カメラによるシリコンストリップセンサー 構造の評価  シリコン検出器における、マイクロディスチャージの発生場所 を特定するのは困難であった。しかし、赤外領域にまで感度を広 げた赤外カメラを利用することにより、検出器のどの場所で マイクロディスチャージが発生しているかを特定でき、より有効 な検出器の改良を施すことが可能になった。この成果は、 ストリップセンサーの開発で非常に重要な役割を果すこととなる。  2.3 レーザーによるシリコンストリップセンサーの評価  シリコン測定器内での荷電粒子の通過をシミュレート するための新しいレーザー試験装置の製作と装置を用いた シリコン測定器のストリップ間のレスポンスの評価を行った。  シリコンストリップ検出器のストリップ間隔は数十ミクロンと 非常に密であるため、バーテックス検出器を組んだ場合非常に読 み出しチャンネルが多くなる。これを減らすため複数本の ストリップを束ねて読み出す方法と、1本づつ飛ばして読み出す 方法が考え出された。赤外線パルスレーザーを2~3ミクロンに絞 って粒子線の代わりとして用いて、この読み出し型の検出器の 信号特性を調べた。「飛ばし読み」では飛ばしたストリップ近辺 で信号が予想以上に小さいこと、「束ね読み」では位置分解能が 充分得られないことがわかった。  n型バルクの両面読み出しシリコンマイクロストリップ検出器 においてn側でのストリップのアイソレーションが問題になる。 そのためnストリップの間にpストリップをく構造がデザイン された(p-stop)。3種類のp-stopが作られた(slit-common, individual,combined)。赤外線パルスレーザーによる 信号応答測定から、combinedが他の2つよりも電荷収集率が良 いことが分った。  放射線損傷を受けると、検出器の全空乏化電圧の上昇により バルク全体を空乏化するのが困難になる。この結果、抵抗接合側 では電場が弱くなり、最悪の場合は空乏化できなくなる。 放射線損傷後の検出器の抵抗接合側での反応を調べるため、 陽子線0.5~1Mrad照射された両面シリコン検出器に赤外線 パルスレーザーをあててその信号を測定した。空乏化する前に 抵抗接合側から信号がえられ、またストリップ間の電気的分離も 確かめられた。  2.4 シリコンストリップモジュールのビームテスト  放射線損傷前及び後の両面読み出しシリコンストリップ測定器 のビームテストをオンーオフ読み出し回路をつけて行い、p ストリップ、nストリップ読み出しの飛跡検出効率を評価し、 損傷前はpストリップが、損傷後はnストリップが全空乏化 電圧以下でも効率が高いことを明らかにし、基材がnからp基材に 変化していることを示した。又、放射線損傷 が非一様であっても 稼働に問題はなく、各損傷点で飛跡検出効率と雑音特性を測定、 損傷の影響を評価した。  6cm x 6cmの大きさのnシリコン基材、nストリップ読み出しの シリコンストリップ測定器を2枚繋いだ12cmのアトラス測定器の ユニットに、速いオンーオフ読み出し回路を接続し、 非放射線損傷、1.2x10**14 陽子/cm**2量の損傷を受けた測定器の 検出効率、雑音等を、加速器からのビームにより、また1.4テスラ の磁場の有無に因る差を比較検討し明らかにした。又、 放射線被爆前、被爆後、磁場の有無環境下、10^6^粒子/cm^2^/sec の高計数下等で評価を行った。  nシリコン基材にn読み出しストリップ構造の シリコンストリップ測定器のnストリップの絶縁のための各種のp ストップ構造に因る差を加速器からのビームを用いて評価、その 差を明らかにした。  アトラス実験グループのビームテストにおけるオンーオフ読み 出し回路によるシリコンストリップ測定器の性能のモニター方法 について議論。  2.5 シリコンストリップモジュールの熱設計  アトラス実験ではシリコンマイクロストリップモジュールが 大規模に使われる.LHC実験では積算放射線量が非常に高いため シリコンのリーク電流が増えて熱発生を引き起こす.この熱発生 は強い温度依存性を持つため、冷却が不十分だと熱暴走を引き起 こす.熱暴走をシミューレーションして十分な冷却を考慮した 検出器のモジュール設計をした.  2.6 シリコンストリップ構造体の開発  シリコンストリップ測定器は、中央部分のバレル部と、 前後方向の前方部に、マクロな構造体の設定から区別される。 バレル部は、筒状のシリンダー構造体にモジュールを並べる形 であり、前方部は円盤にモジュールを取りつける形になる。 ここでは、バレル部の構造体を開発している。バレル部に モジュールを設置する案として、モジュールを中間的な支持体( ステーブ)に取りつけ、モジュール12個を取り付けた スーパーモジュールをシリンダーに取り付ける案と、直接個々の モジュールをシリンダーに取り付ける案とを考慮していたが、 重量、試験ステップ、その他を具体的に検討し、個々に モジュールを設置する案にした。  2.6 その他関連する成果  高エネルギー物理学研究所の12GeVの陽子加速器を用い、p シリコン基材のストリップ測定器の陽子線に因る放射線損傷を 測定、損傷の度合いを明らかにした。  LHC用実験装置ATLAS測定器の中でのシリコン測定器の開発状況 で特記すべき決定があった。数年に渡る世界のATLASシリコン 測定器共同実験者による放射線損傷試験の結果から、ATLASの シリコン測定器のシリコンストリップセンサーはn基材にp型の ストリップを作り込んだシリコンストリップセンサーを採用 することとなった。 3. 成果発表 1) 雑誌への投稿論文リスト F. Albiol et al. (Y. Unno),, BEAM TEST OF THE ATLAS SILICON DETECTOR MODULES WITH BINARY READOUT IN THE CERN H8 BEAM IN 1996, IEEE Trans. Nucl. Scie S. Terada, et al., PROTON IRRADIATION ON P BULK SILICON STRIP DETECTORS USING 12-GEV PS AT KEK, Nucl.Instrum.Meth.A383:159-165,1996 T. Ohsugi, et al. (Y. Unno), MICRO-DISCHARGE NOISE AND RADIATION DAMAGE OF SILICON MICROSTRIP SENSORS, Nucl. Instrum. Meth. A383(1996)166-173 Y. Unno (KEK, Tsukuba), Y. Iwata, T. Ohsugi (Hiroshima U.), T. Kohriki, T. Kondo, S. Terada, H. Iwasaki (KEK, Tsukuba), Y. Yamada (Astro Design, Kawasaki)., NEW LASER TEST STAND FOR SIMULATING CHARGED PARTICLE TRACKS., Nucl.Instrum.Meth.A383:238-244,1996 T. Dubbs, et al. (Y. Unno), EFFICIENCY AND NOISE MEASUREMENTS OF NON-UNIFORMLY IRRADIATED DOUBLE-SIDED SILICON STRIP DETECTORS, Nucl. Instrum. Meth. A383(1996)174 -178 H.F.-W. Sadrozinski, et al. (Y. Unno), MONITORING THE PERFORMANCE OF SILICON DETECTORS WITH BINARY READOUT IN THE ATLAS BEAM TEST, Nucl. Instrum. Meth. A383(1996)245-251 Y. Unno, et al., BEAM TESTS OF A DOUBLE SIDED SILICON STRIP DETECTOR WITH FAST BINARY READOUT ELECTRONICS BEFORE AND AFTER PROTON IRRADIATION., Nucl.Instrum.Meth.A383:211- 222,1996 Y. Unno, et al., CHARACTERIZATION OF AN IRRADIATED DOUBLE SIDED SILICON STRIP DETECTOR WITH FAST BINARY READOUT ELECTRONICS IN A PION BEAM, IEEE Trans. Nucl. Sci. 43 (1996 ) 1175-1179 T. Kohriki, T. Kondo, H. Iwasaki, S. Terada, Y. Unno (KEK, Tsukuba), T. Ohsugi (Hiroshima U.), FIRST OBSERVATION OF THERMAL RUNAWAY IN THE RADIATION DAMAGED SILICON DETECTOR, IEEE Trans. Nucl. Sci. 43 (1996) 1200-1202 Y. Unno, et al., BEAM TEST OF A LARGE AREA N-ON-N SILICON STRIP DETECTOR WITH FAST BINARY READOUT ELECTRONICS, IEEE Trans. Nucl. Scie. 44, 736-742, 1997 Y. Unno et al., Evaluation of P-stop Structures in the N-side of N-on-n Silicon Strip Detectors, to appear in IEEE Trans. Nucl. Scie. Vol. 45, Number 3, June 1998 2) 国際会議への投稿論文リスト Y. Unno et al., Novel P-stop Structure in the N-side of N-on-n Detectors, 3rd International Symposium on Development and Application of Semiconductor Tracking Detectors, Melbourne, Dec. 9-12, 1997 (final version not available yet) Y. Unno et al., Beamtests of Silicon Strip Detector Modules with N-on-n Detectors, 3rd International Symposium on Development and Application of Semiconductor Tracking Detectors, Melbourne, Dec. 9-12, 1997 (final version not available yet) Y. Iwata, T. Ohsugi et al., Optimal P-Stop Pattern for the N-Side Strip Isolation of Silicon Microstrip Detectors, IEEE Nuclear Symposium, Albuquerque, New Mexico, November 9 -15, 1997 (final version not available yet) Y. Iwata, T. Ohsugi et al., A radiation damage test for double-sided silicon strip detectors, 3rd International Symposium on the Development and Application of Semi-conductor Tracking detectors, Melbourne, December 9-12 , 1997 (final version not available yet) Micro-discharge study by IR sensitive CCD camera, 3rd International Symposium on the Development and Application of Semi-conductor Tracking detectors, Melbourne, December 9 -12, 1997, T. Ohsugi, Y. Iwata et al. (final version not available yet) 3) ワークショップ、研究会報告リスト ATLASシリコンストリップ測定器の現状、ATLAS日本 グループワークショップ、1997年12月20-22日、海野義信 4) 物理学会、その他の学会報告 高速読み出しによる大面積nバルクn ストリップシリコンマイクロストリップ検出器のビームテスト、 日本物理学会 1996年秋の分科会、中尾将志、他 パルスレーザーを用いたシリコンストリップ検出器の特性測定、 日本物理学会1996年、第51回年次会、4月2日、岩田洋世、他 シリコンストリップセンサーの放射線損傷の研究、日本物理学会 1996年、第51回年次会、4月2日、藤田一樹、他 n側読み出しシリコンストリップ検出器の放射線損傷に伴う ブレイクダウン現象、日本物理学会1996年秋の分科会、10月8日、 藤田一樹、他 赤外線CCDカメラによるシリコンストリップ検出器の微小放電の 観測、日本物理学会1997年秋の分科会、9月20日、里健一、他 シリコン検出器のn側アイソレーションの研究、日本物理学会1996 年の第52回年次会、3月31日、岩田洋世、他 シリコンストリップ検出器の陽子線損傷の研究、日本物理学会 1997年の第52回年次会、3月31日、北林宏章、他 nバルクnストリップ読み出しシリコンストリップ測定器の ビームテスト、日本物理学会1997年の第52回年次会、3月31日、 海野 義信, 岩崎 博行、近藤 敬比古、寺田 進、大杉 節、 岩田 洋世、藤田 一樹、高嶋 隆一、中野 逸夫、中尾 将志 、Hartmut SADROZINSKI、Gareth MOORHEAD、他 両面シリコンマイクロストリップ検出器の放射線損傷テスト、 日本物理学会1997年秋の分科会、9月20日、岩田洋世、他 熱暴走現象シミュレーションに基づくアトラス実験 シリコンマイクロストリップ検出器のモジュール設計、 日本物理学会1997年秋の分科会、9月20日、高力孝,寺田進, 春山富義,海野義信,近藤敬比古,大杉節,岩田洋世,高嶋隆一 ,中野逸夫